2018年03月12日

東北復興魂! in SHIBUYA  天地人のコンサートに。

3.11

東北に想いを寄せて

毎年、東北や各地でこの日に『天地人』はコンサートを開催されていらっしゃいます。

大間ジローさん(ドラマー、パーカッション)と
黒澤博幸さん(津軽三味線)のユニットです。

Soul & Beat 天地人

昨年は岩手県大槌で開催されて、今年は、渋谷 神宮通公園にて開催されました。

渋谷から東北へ祈りをこめて音楽の魂なる響きが
東北へも届けられているかのような音楽のチカラが響き渡りました。

大地からわきあがるようなエネルギーを感じる元オフコースのドラマー 大間ジローさんのドラムの響き。
応援パワー感じる歌声かのごとくまさに応援エールのように聴こえてきます。

継続されてきたご尽力なるエネルギーにも、圧倒されるばかりなのです。

そして、津軽三味線の史上初の最高権威なる賞を3連覇されたりの中で
ザンシンなる世界を開拓し、津軽三味線の世界を宇宙飛行士のように
さまざまな津軽三味線での道の世界の表現で、度肝を抜く演奏で
魅了されるなか、素晴らしい和の奏でられる津軽三味線が琴線にもふれます。
東北を想い、エールを送りつづけてきた音色の深みに圧倒されます

どこか、苦境をも突き抜けるままに前に向かっていく光の道がすすんでいく
躍動感を感じるばかりの音。
心が落ち着いてくる音色でもあり心に響きます。

岩手県在住の黒澤博幸さんの表現からはさまざまな景色、
乗り物にさえ乗車できます。三味線の世界の開拓者。

お二人が、これほどまでに東北への思い毎年に開催される想いの深さには
天地人は、3.11 あの震災の日は宮古で、翌日のライブのためのリハを
していたかもしれなかったのです。。
リハをするスタジオも、津波被害にあいました。
お世話になっている宮古のスタジオであります。

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天地人のサウンドには、
沢山の方に音楽のチカラを届けられてきたからこその魂なる音楽のチカラが
音に宿っているのを感じます。

そこにあたたかみをおびて人の心に届けてきた音、
甚大なる被害をうけた皆様の心へ届けようとご尽力されてきた方の
半端ないエネルギーが渋谷から東北へも想いとともに音となり響き届けられました。

天地人の復興への想いは、大切な人たちへ、そして沢山の方に届け続けられてきました。

震災直後から仲間を想い、被災されて被害にあわれた弟子達を想い、震災直後から
避難所をまわられたりと支援にもご尽力されつづけていらっしゃいます。
そして 今なおも、足を運ばれたりと継続されています。

黒澤さんが震災直後のお話や、避難所の方々の声とつくられた音楽の話。
そして活動をつづけてきた現場でのリアルな話は、
まさに、現場で、向き合ってきた方で、報道が伝えない、現実なる状況。。貴重なお話でした。

被災された方々と向き合ってきた現場の中で、命がけで音楽のチカラを通し
避難所の方々に寄り添い支援もともに呼びかけ活動を続けられている方なのです。

津波から助かった命を力つきて途絶えられた方のお話など
胸につきささってきました。

私たちの活動の中でも、さまざまなことがありましたから
黒澤さんのお話と重なることを思い出したりもして
想いをめぐらせる貴重なひとときにもなりました。

そしてコンサートにゲスト出演されたデイジー☆どぶゆきさん。
継続して、音楽のチカラを東北へ届け続けています。

天地人と想いが重なる中での共演の機会となりました。

天地人のコンサートで、いただいたパワーを自分の糧にしていかないとですね。

私たちの活動が少しでも、誰かの笑顔となり元気を届けられている限り
出来る事を続けていきたいと思っています。

メッセンジャーとして、届けていくこと、言葉にすることも
どれほどにエネルギーがいることかと
私にも微力ながらにも 伝えることの役目があり
不定期ながらに活動報告の機会はいただいてますが
言えないこともあります。

言葉にすることはとても気の重いことでもあります、、
その中でお話をしてくださった黒澤さんのお話はとても貴重なものでした。
そして、、、本当に現場に足を運んでいる方の言葉だからこそ、伝わるのです
東北への思いの深さを感じました。

この日にこの場で、ご一緒できたことを本当にありがたく思います。

デイジーさんも、東北へ、何度も実際に足を運び、沢山の方へ、音楽を通し寄り添い元気を届けてきた方でもあります。

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天地人のお二人との共演でのスペシャルなコラボのサウンドは
東北へも届いていたことと思います。

デイジーさんのウクレレの音色と黒澤さんの津軽三味線のコラボには
惹き込まれました。

被災された方々の苦難を乗り越え、希望へと導いてくれるような
力強くもある三味線の躍動感ある音色に、
優しくそっと寄り添うウクレレの旋律が重なり、心を和ますばかりの
あたたかな旋律となり重なる音色、

そこに、あたたかな空気で優しく包み傷ついた人たちの心を和ましてくださるような
大間ジローさんのサウンドが重なった厚みあるサウンドは圧倒されるばかりでした

被災地に音楽を届けるということも、そして、今もなお届け続けていることは
並大抵のパワーではできないこと、、継続されることがなによりも
簡単なことではありません。。。

デイジーさんと東北で活動してきた中で、音楽のチカラが
明日への活力となるパワーを届けられて、笑顔になる皆様の様子を
現場で何度も変化をみてきました。

心にしまい込んでいた悲しみを涙で洗い流す事も大切なことに
音楽が寄り添う機会にも立ち合うこともありました。

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デイジーさんの想いもいっぱいに感じたステージでした。

心の奥までに、そっと寄り添い届けられる音楽のチカラ。。
デイジーさんの音楽のチカラも、ハンパありません。

黒澤さんの、現場での様子の、お話にもぐっときましたあとに、
デイジーさんの想いもいっぱいつまったお話にも、
当時のことが甦ってきたりでうるってきそうになってしまったりでした。

個人的には、震災後、いまだあってくれない被災された友達もいるなかで
まだ とざした心のままに、止まったままの心の時計を動かせず
日々を過ごしている方もいらっしゃることを感じています

まだまだ、これから心の支援は必要とも思っています。

天地人やデイジーさんのような音楽のチカラで
エールを送る事は出来なくとも、

自分たちの出来ることで、出会えた目の前の人たちとの時間を大切にし
音楽を通してご縁ある皆様と交流を続けていくことで、
笑顔になれるひとときを紡いで交流活動を続けていきたいと思います。

音楽のチカラは、生きるチカラにもなる。

私もともに東北へも想いを馳せながら沢山パワーをいただきました。

東北へも想いを、鎮魂の想いを込め
素晴らしい音楽のパワーある方々のコンサートでした。


posted by レレサポ at 13:33| BLOG

2018年03月11日

3.11 を迎えて。新年度を迎えるにあたって、、  @

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テレビは、もともとあまり観ないのですが
この時期は、あまりテレビをみたくないのです、、

震災のことにふれた内容での番組も多かったと思います。
(いちど、この文字入力だけで、更新してしまって、、
目にしてしまった方もいたはずで、、失礼いたしました)

そんな中でも、3.10  田老から中継をしているとお知らせをもらって深夜のニュースを観ました。

出先でみかけたテレビ画面でも
あの日の様子の映像が流れていて、目に入ってきました、、、

東北の方にも、目にすることとなったのかと思うと風化させないための放送は
胸が苦しくなってしまった方もいらっしゃるのではとも思いましたが
穏やかに少しでも、、過ごす時間もつくれていたならなによりです。

熊本で大きな地震があった際に、
ずっと目にしていなかった東北の子供達がフラッシュバックになって、、
私が繋がりがあった施設でも学校に足を運べなくなった子供さんがいたという話も耳にしていたりしました。

7年という年月で、風化をさせないための紹介とは思うものの
ざわざわと苦しくなる映像でした。

そして、口にはだせなくとも、、あまりの甚大なる東北の被害のなかで、
関東でも大きな揺れがあり被害を受けました。

それぞれに、私たちも、あの日は、、大きな揺れの中で、
『死』を覚悟するほどに大きな今までにない揺れの中で
しばらくは不安におびえ、原発のことでも、、
目に見えない恐怖を感じたり、、そして未だに
どうにも手を差し伸べられない福島のことをただ
見守るだけの現実のなかで、

なにも変わらない町を、ハマレレの仙台の開催の際にも
つくば支部の原ちゃんたちは、その光景も目にしながら
仙台に向かってきてくれましたが、、

まだまだ、変わらない場所、震災の大きな手つかずの爪痕がある中で
7年の年月の捉え方は、、それぞれに思いもあり
あの日を迎えるときに、私自身も自分が経験したことも
甦らせていました。。

私はマンションの中にいたので、建物がつぶれてしまうのではとさえも
思う程の強い揺れにあい、それから夜中まで停電となり、
不気味なほどのゴーストタウンのような中で、過ごしました。。

自分たちの日常も当たり前だった日が、当たり前ではなかったことを
知る事となった日でもありました。

7年がたち、、今もなお避難生活をされている方々もいらっしゃいます。

津波被害の様子など、
テレビを見なきゃいい話なんだけど、、生活しているなかでは、
観たくないと思うとかえって目に入ってきたりとするものです、、

風化をふせぐこと、知ってもらうことも大切なことでもあります。
メディアのチカラは凄いと思います。
この放送をもって沢山の方に田老という地の今を紹介も出来たことともなったはず。

田老は私にとってもご縁ある大切な地。

一年前の3月11日には、田老の防潮堤で、七回忌の時を迎えた事もあったのか
多くの方が防潮堤にあつまられて、皆と手をつなぎ黙祷をさせていただきました。

田老を離れて、別の地域へ引っ越された方も多く、
離れて生活をされている方も多くいらっしゃり、人も減りました。。

そんな田老で、横浜から田老へ引っ越されてきた田老児童館のお友達親子さんとも
ご一緒したりして、田老出身のレレサポの仲間とも一緒に迎えた黙祷。。

言葉ではうまく書けない、どくとくの3月11日のその土地の空気がありました。。

今年も、、きっと、表向き、普通に過ごしながらも、、
どうしたって忘れる事のないあの日をそれぞれのお住まいの地域などで
過ごされたことと思います、、

少しは、穏やかな一日を過ごされたかなと思いながら
この日は、東北の方へも連絡は控えたりもして思いを馳せておりました。

昨年も、だれも、あの日のことを口にしないなかでも、
誰もの心に忘れることないあの日への思い。


昨年は、3月11日に宮古にいたことで感じた事、
忘れられない空気感、、とても貴重な機会ともなりました。

そして 今年は、渋谷での東北へ、被災された方へ思いを寄せて
コンサートに足を運ばせていただきました。

3.11渋谷の天地人のコンサート【ゲスト:デイジー☆どぶゆき】

昨年にお邪魔した田老のことも思いながら、、

田老では、再建された家や店舗に移られ、これから、新しい田老の町で
震災前のような日常にもどり復興を迎えていきます。

先日、仮設住宅が約500世帯あった田老で被災された方の多くが
生活されていた敷地に、田老の憩いの場としてシンガポール政府の支援で建設された
サポートセンターがありましたが閉鎖するというニュースもネットで拝見してました。

憩いの場がなくなり、新しいコミュニティをまたこれから
つくることも、さまざまな地域でも懸念事項ともなっているとお話も聞く事もあります。

他の地域でも、同じようなお話をお聞きしています
コミュニティが寸断されることで、新しくつくっていかなくてはならない時期を迎えます。

コミュニティの場があるかないかで暮らしも左右される事と思います。。
復興へ向かい、新しい生活がスタートする中に、コミュニティづくりも必要ともされています。

新たな課題もあることと思います。



そんな中、地域の方々のコミュニティスポットともなっている店舗もあります。

田老で昨年、仮設商店街から移店して、ようやくの再スタートをされたご縁ある店舗もあります。

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昨年に、仮設商店街から晴れて、移店をしてオープンした細越商店さん。
お店に足を運んでは店主の ひでこちゃんとお話をするのが楽しみな方々も
多くいらっしゃいます。 仮設商店街でも、そんなコミュニティの場としても
ひでこちゃんは、皆様とお店を通して解放していました。

そして、かりんとうといえば! 銘菓、田中菓子舗さん。

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(鮭、あわび祭りのイベント会場にて)

田中菓子舗さんが、先陣きって、震災直後にも、工場が津波で全壊した中も
動き出していらっしゃいました。

震災後に、初めて田老にいったときにも、テント販売で、
手作り菓子を販売されて、大人気で、あの震災の中にも、、
活気をつくろうと、皆様を元気にしようとご尽力されている田中菓子舗さんの
お姿を今でも、覚えています。。

まわりを元気にしようとご尽力されている姿を拝見してます。

この足を運んだときにしか知る事のない光景、皆様の様子の中で

自分たちは何が出来るのかと、手探りながらに動いてきましたが
なにより、自身も被災されながらも、動き出した方々いらしたからこそ
周りの方々は、支えられて復興へと向かっていけたこととも思います。

震災直後から動きだし、工場も、いちはやく、地域の方の希望の光のごとく
前に向かおうと再建しながらも、お住まいの方は、年月を重ねてから
お引越もされていたかと思います。
仮設住宅の合間は、部屋の隙間に座布団をならべながら
寝られていたりとかと、布団も広げることも厳しかった中で
生活を強いられる年月、、、

布団に寝る事さえも当たり前じゃないことなのです。。

仮設商店街から離れるのは最後も最後となる中の数店舗となるなかで
昨年の夏にようやく再建されてグランドオープンした田中菓子舗さん。

自分たちの店舗だけではなく、周りの方々を思いながら復興へと 
いっぽいっぽと歩まれていらっしゃいました。

言葉に語らずの方々ですが、ご苦労もされてきたことと思います

昨年の夏に、ようやくここからが復興ですと田中社長様がお話された言葉の重みにも
開店を心からお祝いの気持ちでお邪魔した中で、心につきさって、一瞬マッシロになりました、、

まだまだ現実の厳しさに寄り添えてない私の甘さかからの
単純にお祝いにお邪魔した私は、、これからこそ本格的復興に向かうことを
改めて考えさせられることとなりました。

手拍子で、オープンできて良かったと安堵の域に達することなく
これからこそ、応援していくことも必要とも思います。

当たり前にいてくれるかたが、太陽となり周りを支えて光を照らしてくれていること、、
田中菓子舗さんはそんな存在でもあります。

一昨年の台風災害の被害でも、販売先も、大きな被害をうけたりとし、
震災後にもご苦労を重ねられています。

復興の過程の道筋でも、紆余曲折しながらも前に向かっていらっしゃいます。

そして、大変な中でも地域活動でもご尽力されていらっしゃいます。

消防団としてもリーダーとしても活躍の田中社長様。

あの日に、津波被害で消防団の方が10名の方が亡くなられたと
先日の深夜のニュースでも報道をされていました。

さまざまな想いを背負われながらも、防災の対策に関しても、ご尽力されてきたことと思います。

どれだけのご尽力をされていることかと思いますが、
お会いすると背負われている重圧さえも見せずにいつも、穏やかな方でもあります。

東北で頑張られている皆様は、
いつもいつも、誰かのために、地域のために、動き回られていますかたがたです。

こちらが届けなくてはいけないのに、行く事で、いただくパワーもあります。。

自分たちの出来ることなど、ほんのささやかすぎることではありますが
こんな私たちがいくことで、、気がまぎれたり、すこしばかりのひとときが
楽しい時間となりご一緒できたらと思って これからも足を運んでいけたらと思います

心から笑顔で過ごせる日まで! 交流を続けていけたらと思います。

笑顔を届けて楽しい時間を一緒に過ごす事が私たちの役割と思って、
ただただ楽しい時間を共有させていただいております。。

つづく。。。。
posted by レレサポ at 23:54| BLOG
■東北へ、「オモエサンライズ」を通し音楽で想いを元気を届け続けてきました。